「結婚するなら、もっと安定した会社の人の方がいいんじゃない?」「このニット、今年すごくはやってるんですよー」「これはちょっとどうかなあ」

彼のことを否定されれば落ち込み、店員さんに欲しかったものとは違うものを強力プッシュされれば迷いに迷い、はたまたちょっとした反対意見に胸が波打つ。

私だって、何も考えてないわけじゃない。自分なりに「こうしたい」とか「こういうのがいいな」という思いはあるから、いろいろ試してみたり工夫したりだってしている。

それに、他の人の考えって、自分では気づかなかったことを教えてくれることが多い。「ああ、そんなふうにも考えられるのか」とハッとする。だから「そうしてみようかな」と思う、のだけれど。なんだか、モヤモヤ。

これじゃあ、私はどこにいるの? 人の意見に一喜一憂するのに、もう、くたびれました!

彼女の絵本

たいていの人は、誰かと関わりながら生きています。そうなれば、良かれ悪しかれ、「誰か」の影響は受けるもの。

『ときめきのへや』のピウス・ペローシは、他者との関わりの中で、大切なものを失う経験をした一人です。

ときめきのへや

『ときめきのへや』セルジオ・ルッツィア作、福本友美子訳、講談社、2013 amazon

 

かつて、ピウス(モリネズミです)は、あちこちで拾った宝物を、「ときめきのへや」に並べていました。ねじれた根っこ、貝殻、鍵― そんな宝物を見るために、そして、宝物にまつわる物語を聞くために、たくさんの人がやってきました。

そんなピウスの1番の宝物は、小さな灰色の石ころ。それを、脚付きでドーム型の、素敵なガラスのケースに飾っていました。

けれど、その石ころに、誰もが首をかしげます。「どこにでもあるいしころを、どうしてかざっておくのさ」「めざわりじゃないか」「すてちまいなよ」

そしてピウスも、だんだんその石を「つまらないものなのかな」と思うようになりました。

「だって、どのひとも おなじことをいうんだもの、きっと みんなのいうことが ただしいにちがいない」

石ころを、町はずれの川に放り投げたピウスは、どの宝物を見ても楽しくなりません。それらは誰かにさっさと譲られ、ときめきのへやはからっぽになりました。

ピウスは一人、何もせず、ただ家にこもります。

 

 

ごく単純に考えて、他の人の意見を聞けるのは、悪いことではないはず。視野が広がって、どんどん新しい世界と出会えるし、言った人もうれしい。まず受け止めることのできるという余裕さえ感じられます。

でも、もし、必要以上にそうしてしまっているのだとしたら、聞くだけではなく言われた通りにせずにはいられないのなら、そして自分のことが分からなくなってしまったのなら、「ときめきのへや」をのぞいてみてもいいかもしれません。

誰かにとってどうでもいいものが、私にとってはとても大切である― その不思議さと愛おしさ。

からっぽの部屋と同じようにからっぽになってしまったピウスは、孤独の中で、何を思ったのでしょうか。

 

 

「さてと」と、ピウスは外に出かけていきます。穏やかであたたかな「ときめきのへや」から出るあなたもまた、晴れ晴れとした表情を浮かべていますように。

(にこっと絵本 高橋真生)

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