「水仙月の四日」は、宮沢賢治のイーハトーヴ童話集『注文の多い料理店』に収録されている短編童話です。
赤い毛布(けっと)を着て雪の中を歩いていた子どもが、雪婆んご(ゆきばんご)や雪童子(ゆきわらす)、雪狼(ゆきおいの)の起こす「水仙月の四日」の雪嵐に巻き込まれるというお話です。
文章だけで完成している作品は、絵本にすることでイメージが限定されてしまいがちですが、特に賢治の童話は、想像力を刺激する文章が大きな魅力ですから、原文を読んでほしいという声も多いようです。
けれども、絵本によってイメージが広がる楽しさがあります。また、賢治独特の語彙が読みづらく感じる人には、絵が大きな助けになるでしょう。
雪国の自然の厳しさの象徴であるかのような雪婆んごたち。雪婆んごの命令を聞きながらも、自分のあげたやどりぎを持っていた子どもを助ける雪童子。
自然、人間、遥か彼方の宇宙まで、すべてがつながっているような物語を、ぜひ、絵本でお楽しみください。
なお、「水仙月」は賢治の造語とされ、今は4月という解釈で定着していますが、お住いの地域で、雪の降るような寒い頃にお読みください。
お気に入りの一冊が見つかりますように!
以下、原作はすべて宮沢賢治。紹介文に記載がないものを除き、小学校高学年くらいからがおすすめです。また、紹介文中の子どもについては、表記を「子ども」で統一します。
1. 赤羽末吉
『水仙月の四日』赤羽末吉画、福音館書店、1969(創風社、1997) amazon
今回ご紹介するものの中では最も小さい絵本なのですが、表紙を開くと、はるか彼方まで続く深い雪の世界が広がっています。
そこは、雪に音が吸収されたかのように、静かなところ。やわらかな色は、雪明りのようにほんのりと明るく、文章だけが書かれたページも、その場面にあった色に染められています。
空の色や雪の質感、雪の中を歩く子どもの赤い毛布の見え方など、繊細な変化にもご注目ください。
登場人物の表情ははっきりとは描かれませんが、景色にはどこか東北の風土が感じられます。想像力がやさしく刺激され、子どもも安心して読める絵本です。
2. 鈴木靖将
『水仙月の四日』鈴木靖将画、サンブライト出版、1982
日本画家である鈴木靖将の、どちらかというと大人向けの、美しい絵本です。
横長の絵本をさらに見開きで長く使っているのですが、そのほとんどを、文章のページと絵のページとで分けています。
文章のページは、背景に黒を文字に白を用い、絵のページはすべて黒い枠で囲んでいます。絵の色遣いがソフトで軽いので、その黒が神秘的な印象を強めます。なだらかな曲線や渦は、宇宙とのつながりを暗示しているのでしょうか。
ラストの夜明けの場面の、黄ばらのような琥珀色に輝く光は、絵本からあふれ出してくるよう。今回ご紹介する絵本の中では一番明るく描かれているのですが、私はこの光がとても好きです。
また、登場人物の表情があまりしっかりと描かれていない中、どこか愛嬌のある雪ばんごが印象に残ります。
3. 高松次郎
『水仙月の四日』C.W.ニコル、谷川雁英訳、高松次郎絵、物語テープ出版、1983 amazon
英訳付きの本文と、抽象画を交互に配した絵本です。
くねり、絡み合う多くの線と、何とは言えない形でできた絵。どれも似た雰囲気ですが、色遣いや密度で、それぞれの場面が表現されています。
ダイナミックで、勢いがあって、色鮮やかで…… じっと見つめていると、重なった形と線の向こうにぐんと引き込まれるような気持ちになります。
好き嫌いはあると思いますが、絵本化した作品の一つとしてぜひご紹介したいと思いました。
※もともと日本語と英語による朗読などを収録したCDが付いていたようですが、そちらは、残念ながら聞くことができませんでした。
4. 伊勢英子
『水仙月の四日』伊勢英子絵、偕成社、1995 amazon
空気は澄んでいてキリっと寒く、雪も、ふわふわとはしておらず結晶や氷のような印象が強いので、どこか硬質で緊張感のある雰囲気が漂っています。ほぼ1シーンしか出てこない雪婆んごも、雪の女王、氷の女神を彷彿とさせるような迫力です。
それに対し、一生懸命に子どもを救おうとする雪童子の、やさしさや一生懸命さ、やわらかさ、あたたかさ。無事に事が済んだ後の、雪童子と雪狼の愛らしい笑顔にほっとする読み手も多いのではないでしょうか。
雪童子と子どもが対のように描かれ、ファンタジーのようで、子どもが感情移入しやすい絵本です。
5. 黒井健
『水仙月の四日』黒井健、三起商行、1999 amazon
全体的に使われたややスモーキーなパステルカラー、透き通っていて体重を感じさせない雪童子…… 絵本の中には、寒く、突き刺さるような冷たい風が吹いています。
雪童子の髪がふわりと長く、背が高めで顔立ちもはっきりしているためか、一見、海外のお話のようです。けれども、山並み、子どもの姿、般若のような雪婆んごは、間違いなく日本的なのです。
また、雪童子は「カシオピイア」や「アンドロメダ」などはるか彼方の星座に向かって水仙月の四日の到来を告げるのですが、この絵本では、見開きのページいっぱいに大きな水仙が描かれていて、印象的です。
国も、空間も飛び越える、少しゾクッとするような、不思議で、美しい絵本です。
6. 高田勲
『水仙月の四日』(宮澤賢治の童話絵本)高田勲絵、にっけん教育出版社、2005 amazon
この絵本で特徴的なのは、鉛筆のラインに、透明感のある色を施している、スピード感のある絵です。水仙月の四日の、雪婆んごたちの忙しさ、猛吹雪の様子などが伝わってきます。
ページ数が少ないためか、夜空の絵などはありません。子どもは素朴な表情、雪婆んごは山姥(やまんば)に似た雰囲気で、雪童子はファンタジーの小人のようなのですが、どちらかというと民話のような印象があります。
雪婆んごの出番が一番多いのもこの絵本で、自然の厳しさや怖さがより感じられる一冊です。
7. 堀川理万子
『すいせん月の四日』(宮沢賢治のおはなし)堀川理万子絵、岩崎書店、2005 amazon
「1年生でも読める宮沢賢治」として刊行されている、絵の多い童話集です。
絵は、『海のアトリエ』で、絵本で初めてBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞された堀川理万子さん。表紙のあどけない雪童子の笑顔を見たら、つい手に取りたくなってしまいます。
読みものですから、絵本よりも文字が大きく、ページ数が多いため、場面も細かく分けられています。つまり、絵が、文章だけでは理解しづらい部分を補ってくれるのです。
雪童子も雪狼も親しみやすい雰囲気ですから、小学校低学年でも、気持ちを想像しやすいでしょう。自分で読んでみたいとき、最初の一冊としておすすめです。
盛岡の空気と、『水仙月の四日』のいろいろな解釈を楽しめる、小説『雲を紡ぐ』
伊吹有喜さんの小説『雲を紡ぐ』(文藝春秋)の舞台は、岩手県盛岡市。盛岡といえば、もちろん宮沢賢治です。
そして、この小説には絵本『水仙月の四日』(5番目に紹介した黒井健さんのもの)が重要なモチーフとして登場します。
主人公・美緒は、いじめで不登校になり、家族ともうまくいかず、逃げるようにやってきた盛岡の祖父の工房で「ホームスパン」に出会います。「ホームスパン」とは、岩手県の名産で羊毛を糸に紡ぎ、染め、織り上げた布。
『雲を紡ぐ』は、盛岡でゆっくりと変化していく美緒が、バラバラになりかけていた祖父・父・孫と三世代の家族を紡ぎ直すような物語です。
ここで注目したいのは、美緒が、いつも、ホームスパンの赤いショールにくるまっていること。そう、赤い毛布です!
美緒の祖父は『水仙月の四日』の子どものかぶっていた「赤い毛布」― 子どもの命を守った赤い布― は、母親が作ったホームスパンではないかと主張します。
美緒は、その説に賛同しつつも、子どもを探しにくるのがお父さんだけであることから、お母さんがいないのではないか、もしかしたら雪童子が子どもの「お母さん的存在」ではないかと想像を広げます。
さらに美緒の母は、雪童子は、赤い毛布をかぶった子どもを守った美緒の祖父のようだと言い、父は…… というように、いろいろな解釈が出てくるのです。
絵本に限らず本を読むというのは、本当に個人的なことですから、何を、どんなふうに受け止めてもいいのですよね。これらのやりとりに、私はしみじみとうれしくなりました。
もしよかったら、『雲を紡ぐ』も、お読みください。ちなみに、こちらの記事でもご紹介している清川あさみさんの『銀河鉄道の夜』も登場します。
(にこっと絵本 高橋真生)