もし、あなたにとって大事な子どもが、入院や手術をすることになったら?
大人でも、入院や手術をするにはそれなりの覚悟がいるもの。まして子どもにとっては、大きな恐怖です。本人だけでなく、その子の親も、さまざまな不安や緊張と向き合わなくてはなりません。
今回ご紹介するのは、私たち親子が実際にそんな状況にあり、心の準備が必要だったとき、どんなふうに「絵本」に助けてもらったか、という体験記です。
「入院・手術」という不安
筆者は絵本専門士で、公共図書館で司書として働いています。医療の専門家ではありませんが、絵本の話に入る前に、子どもにとって、入院・手術前の心の準備がなぜ大切なのかについて、少し書いてみたいと思います。
私の息子は、それほど深刻なものではないものの、先天的な疾患があり、「小学校入学前には手術で治しておきましょう」と、赤ちゃんの頃からお医者さんに言われていました。
「子どもの権利条約」にも明記されているように、子どもだって、自分のことを知らされる権利があります。5歳半くらいになった頃、私と夫は相談して、息子に手術について率直に話すことにしました。
しかし、話を聞いた息子は、ひどく怯え、それから毎日のように、手術のことを思い出しては泣くようになってしまいました。さらに夜になると、その頃にはあまりしなくなっていたおねしょも復活……。
ずっとこんな調子で過ごすのでは親子ともに参ってしまう、と思った私たちは、悩んだ末、「やっぱり手術はしないことになった」と息子に伝えました。まだ少し時間はありましたので、当座の間、あえて嘘をつくことにしてしまったのです。
「心の準備」がなぜ大切か
「こんなに怯えさせるくらいなら、たとえば〈寝ている間に検査をするだけ〉などと言って、何とかやりすごせないだろうか……」
そう思って、病院で相談もしてみました。しかし、「それは正直、おすすめできません」というのが、麻酔医の先生の答えでした。
「どんな子でも、麻酔から目が覚めた後には、思ってもみなかった痛みや気分の悪さに混乱し、荒れるのが普通です。そのとき、手術のことを納得できていなければ、〈どうしてこんなことに?〉と、ますますパニックが大きくなるのです。
5〜6歳ともなれば、何もわからない年齢ではありません。もしかしたら、そこでご両親に〈だまされていた〉と感じ、その後の信頼関係にもひびが入るかもしれません」
「プリパレーション」とは
なるほど、と思い調べてみたところ、小児医療の世界では、幼児はもちろん乳児に対しても、正直に、できるかぎりの説明をするべきだとされていることがわかりました。
入院や手術についての説明を含め、医療行為の前に子どもが心の準備をできるよう手助けすることを、専門用語では「プリパレーション」というそうです。
日本小児看護学会の定義によると、「病気や入院によって引き起こされる子どものさまざまな心理的混乱に対し、 準備や配慮をすることによってその悪影響を和らげ、子どもの対処能力を引き出すような環境を整えること」とされています(『小児看護事典』日本小児看護学会 編、へるす出版、2007年、PP.735-736)。
近年では、大きな小児専門病院ならば、「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)」という専門職が配置されていて、このプリパレーションを援助してくれます。しかし、チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会によると、2019年8月現在、CLSが勤務する病院は国内でもまだ33施設ほど。
将来的には、もっと気軽にこうした専門家の援助が受けられるようになってほしいところですが、残念ながら今はまだ、現場の看護師や親などの身近な大人が、手探りでその子に合わせたプリパレーションを行うしかない状況なのです。
「絵本」に助けてもらおう!
CLSは、遊びや語りかけなどを通してプリパレーションを行うさまざまな技術を身につけています。また、看護師であれば、医学の専門的な知識を持っているでしょう。
しかし、そうしたことを何も学んでいない私は、はじめ、途方に暮れてしまいました。この子にとってふさわしいプリパレーションをしてあげるには、一体どうしたらいいのだろう?と。
やがて、迷っているうちにたどりついたのは、こんな考えでした。
そうだ、こんなときこそ「絵本」に助けてもらおう!
幸い、私のまわりには、絵本が好きな人たちがたくさんいます。そこで、自分が今まで読んできたものを思い起こすだけでなく、他の人にも、「こんなときにおすすめの絵本ってありますか?」と問いを投げかけ、関連絵本のリストアップをしていきました。
そうして、本人に改めて手術について話す前の準備として、私は息子に、次のような作品を読み聞かせることにしました。
1.『ラチとらいおん』
マレーク・ベロニカ作、徳永康元訳、福音館書店、1965 amazon
こわがりでよわむしの男の子、ラチは、ある日、小さなあかいらいおんと出会う。一緒にいると、ふしぎと勇気がわいてきて、ついにいじめっこもやっつけられるように。いつのまにか、ラチはらいおんがいなくても大丈夫になっていたのでした。
2.『ひとまねこざるびょういんへいく』
M. レイ作、H.A. レイ絵、光吉夏弥訳、岩波書店、1998 amazon
はめえのこまを飲み込んでしまったおさるのジョージは、入院してそのこまを取り出さねばならないことに。注射に驚いたり、心細くて泣いたりもしたジョージだったけれど、そのいたずらは同室の子どもたちをとっても楽しませてくれて……。ボストン子ども病院の協力のもとに描かれた絵本。「おさるのジョージ」シリーズより。
3.『うさこちゃんのにゅういん』
ディック・ブルーナ作、いしいももこ訳、福音館書店、1982 amazon
のどが痛くなったうさこちゃんは、入院して手術をすることになりました。ちょっと心配だったけれど、注射をちくりとすると、いつのまにか眠くなって……。目を覚ますと、パパとママが、おみまいに看護婦さんのお人形を持ってきてくれました。「うさこちゃん」シリーズより。
4.『おばけびょうきになる』
ジャック・デュケノワ作、大澤晶訳、ほるぷ出版、1999 amazon
おばけのアンリは、最近あちこち調子がわるい。だって、おばけのくせに、夜中に眠くなってしまったんです! 病院の先生が、おなかの中から時計を取り出して、新しい針をつけると、すっかりよくなったアンリでしたが……あれれ? 今度はお腹から、目覚ましのベルが鳴るように?「なかよしおばけえほん」シリーズより。
5.『ガスパールびょういんへいく』
アン・グットマン文、ゲオルグ・ハレンスレーベン絵、石津ちひろ訳、ブロンズ新社、2001 amazon
まちがえてレーシングカーのキーホルダーを飲み込んでしまったガスパール。救急車で運ばれて、レントゲンを撮って、手術でキーホルダーを取り出すことに。それが無事に終わると、パパとママが、レーシングカーのおもちゃをプレゼントしてくれました。「リサとガスパール」シリーズより。
まずは絵本を「楽しむ」ことから
(1)は、入院や手術とはまったく関係のない絵本です。私の息子も一時はそうでしたが、「入院」や「手術」という言葉が出てくるだけで、「怖い!」と感じてしまう子もいます。このため、まずはウォーミングアップのようなつもりで、この絵本を読みました。
『ラチとらいおん』は、「勇気を出して何かに挑戦するのはとてもかっこいいことで、どんな子の中にも、らいおんのような強い力がある」ということを、やさしく自然に教えてくれます。このように、病院を舞台にしたものでなくても、プリパレーションにふさわしい絵本は、たくさんあるように思います。
一方、(2)から(5)はすべて、主人公が入院する物語です。みんな、ちょっとした事故や病気のために手術しなくてはならなくなり、少し痛いことや辛いことも経験します。けれど、やがて回復し、大切な人たちのところへ帰っていく、という流れになっています。
子どもが大人より、入院・手術に対して強い不安を感じやすいのは、単純に経験不足によるところも大きいでしょう。しかし、絵本の中であれば、〈入院しても大丈夫だった。手術のおかげで元気になった〉という仮の経験を、安心して積み重ねることができます。
また、これらの絵本が、すべてシリーズ作品であることもポイントでした。入院・手術に関する絵本ばかりまとめて読み聞かせるのでは、さすがにわざとらしい。でも、同じシリーズの絵本を何冊か用意して、「今週はおさるのジョージの絵本を読もうか!」などと誘えば、さりげなくこれらの巻を手にする流れを作れるからです。
こうして、プリパレーションという目的をことさら表に出すこともなく、いつもどおり日々の読み聞かせを楽しむような形で、私たちは入院前の3ヶ月ほどを過ごしました。
(寄稿:絵本専門士<東京都>荻野友美)