もし、あなたにとって大事な子どもが、入院や手術をすることになったら?

大人でも、入院や手術をするにはそれなりの覚悟がいるもの。まして子どもにとっては、大きな恐怖です。本人だけでなく、その子の親も、さまざまな不安や緊張と向き合わなくてはなりません。

今回ご紹介するのは、私たち親子が実際にそんな状況にあり、心の準備が必要だったとき、どんなふうに「絵本」に助けてもらったか、という体験記です。

以下は、あくまでも一つの例です。過去の経験や疾患の程度、その子の性格によって、ある子にはよかったことが、他の子には逆効果になるということもありえます。また、絵本とは本来、すぐに目に見える効果がなくても、ただ楽しめばよいものです。そうしたことをふまえた上で、お読みいただければ幸いです。

「プリパレーション絵本」を作ってみる

ところで、絵本を読むうちに、こんな思いが浮かんできました。

ジョージの経験はジョージの経験だし、うさこちゃんの経験はうさこちゃんの経験。自分のことに結びつけてもらうために、もう一押し、何かできるのでは?

何といっても、本人が一番気になるのは、自分が具体的にどんなことを体験するのかということでしょう。そこで仕上げとして、息子に合わせたオリジナルの「プリパレーション絵本」も作ってみることにしました。

 小児医療の分野では、絵本という表現形式を用いたプリパレーションツールの研究も多くなされています。たとえば「絵本を活用した入院時のプレパレーションに関する研究 ―3 歳〜10 歳を対象として―」(加納円、中垣紀子 著、『日本小児看護学会誌』Vol.25 No.2、2016年、PP.81-87)など。

以下、その内容を少しご紹介します。(なお、イラストはすべて、「いらすとや」、および『デザイン素材×1000』(小林亜希子 著、ソーテック社、2011年)から、フリー素材をお借りしました)。

手作りのプリパレーション絵本
まず、表紙には本人の名前と写真を載せて、これが自分だけの本なのだということが、すぐにわかるようにしました。

手作りのプリパレーション絵本
こちらは麻酔に関するくだりです。〈ジョージやうさこちゃんはこうだったけど、あなたのときにはこういうことをするよ〉ということがわかるように、比べながら説明しています。

他のページでは、病院で聞いたことや自分で調べたことを参考に、どうして手術が必要なのか、どんな手術なのかといった説明を、できるだけ噛みくだいて書くようにしました。嘘はつかずに、でもなるべく不安をあおらないような言葉づかいを心がけています。

手作りのプリパレーション絵本
ところどころには書き込み欄を作るなどして、本人が参加できる要素も入れています。息子はここに、ほしいおもちゃの絵を描いてくれました。

手作りのプリパレーション絵本
最後には、おまけでオチもつけました!(笑)

手術の告知に再挑戦

その後、私たちは再び、本人への手術の告知に挑戦することにしました。手術の2週間ほど前、この時点で、息子はもう6歳でした。

「あのね、前にも少し話したけれど、先生と相談して、やっぱり手術をしましょうってことになったんだよ」

こう話を切り出すと、「手術」という言葉を聞くが早いか、息子の顔がゆがみました。あっという間に、「手術やだ、こわい…!」と、泣き出しそうになりました。そこで、先ほどのプリパレーション絵本の出番です。

「でも、大丈夫!これを見て!」

息子は意表を突かれたようでしたが、私が読み始めると、泣くのも忘れて絵本をじっと見てくれました。そしてなんと、オチまでくると、くすくす笑ってくれたのです!

こうして、告知は思っていたよりずっと穏やかにすみました。今度は、おねしょが出ることもありませんでした。

いよいよ、手術当日

そしていよいよ、入院するときがやってきました。手術室に入るまでだけでも、たくさんの関門があります。

泣かずに病院に行ってくれるか。検査をしてくれるか。厳しい飲食の制限を、ちゃんとがまんしてくれるか……。しかし、どれもあらかじめ説明していたおかげか、息子はそれらを、一つ一つクリアしていってくれました。

一番、これまで読んできた絵本の力を感じたのは、本番直前、手術着に着替えて、控え室に入ったときです。

息子は、「〈ああ ねむいな と おもうまに もう めは ふさがっておりました〉ってなるんだったね(『うさこちゃんのにゅういん』の麻酔の場面)。だから、大丈夫だよね?」などと、絵本で覚えた言葉をそのまま思い出しながら、自分なりに不安を受けとめようとしていました。

未知の体験を前にしたとき、その中にわずかでも既知の部分があるかどうか、それを表現できる言葉が自分の中にあるかどうか……。やはりそれが、心の安定を大きく左右するということなのでしょう。

また、その後退院してから、私が何よりほっとしたのは、息子が保育園の先生やお友だちに、「手術がんばったよ!」と誇らしげに話していたことです。

すべてがすんだとき、子どもの心の中に残る「物語」こそが大事なのではないか、と、私は思います。

願わくはそれが、〈わけもわからず入院や手術を強制されて、おそろしい目に合わされた〉という物語ではなくて、〈心配なこともあったけれど、勇気を出して挑戦できた〉という、少しでも前向きな物語として記憶されてほしい。大変な入院や手術も、そのように考えれば、決して嫌な経験というだけでは終わらずにすむのですから。

「絵本という表現」の可能性

今回、絵本のおかげで助かったのは、子どもだけではありません。こうしたさまざまな手探りをする中で、私自身、治療の内容をよく知り、心の準備をすることができました。

親はこんなとき、子どもに不安が伝わらないよう、誰よりも落ち着いていることが求められます。でも、子どもを心配する親にとって、それはそう簡単なことではありません。

プリパレーションは、入院・手術する子どもだけではなく、親にも必要なことなのです。

手術をすることが何年も前からわかっていた私たちには、幸い時間がありました。また、私はたまたま絵本が好きでしたので、このような形でプリパレーションを行いました。

でも、大切なのは、自分も楽しみながらなるべく負担なくできるような、その人なりのやり方で、その子の年齢や発達、個性に応じたプリパレーションをすることです。それができるなら、方法は何でもかまわないことでしょう。

ここでお話ししたかったのは、絵本とは、子どもに無理のないやりかたで物事を伝えうる、優れた表現形式だ、ということです。これまでにたくさんの子どもたちに読み継がれてきた数々の作品からも、私たちは多くを学ぶことができます。

この体験記は、もちろん個人的なものにすぎません。ですが、皆さんにまたひとつ、絵本の可能性をお伝えすることができたなら幸いです。

以上は、あくまでも一つの例です。過去の経験や疾患の程度、その子の性格によって、ある子にはよかったことが、他の子には逆効果になるということもありえます。また、絵本とは本来、すぐに目に見える効果がなくても、ただ楽しめばよいものです。そうしたことをふまえた上で、お読みいただければ幸いです。

 

(寄稿:絵本専門士<東京都>荻野友美)

 

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