木の実には、なんどなく心惹かれるという方も多いかとは思いますが、子どもが夢中になる感じは、また別格のように感じます。
どんぐりは、
みんな きの たね。
きの こども。
子ども同士の、不思議で強い結びつきが何かあるのかもしれません。
今回ご紹介するのはこちら、『まいごのどんぐり』です。
『まいごのどんぐり』松成真理子作、童心社、2002 amazon
この絵本の語り手は、どんぐり。コウくんという、カバンの中をどんぐりでいっぱいにしている男の子のどんぐりです。
このどんぐりは、おしりに「ケーキ」という名前が書かれています。コウくんのお誕生日に、ケーキの真ん中に飾られたから、ケーキ。ケーキはそれくらいコウくんと仲良しで、当然、いつだって一緒です。
でも、ある秋の日、ケーキは、コウくんのかばんからうっかり落っこちてしまいます。コウくんは、慌てて探しますが、枯葉の中のケーキを見つけることができません。
次の日もまた次の日も、ケーキを探しにやってくるコウくん。その必死な後ろ姿や、コウくんに見つけてほしくてがんばるケーキの姿が、なんとも切なく胸に迫ります。
結局見つけられることのなかったケーキは、雪の中眠りに落ち、春、地面から芽を出しました。
少しずつ成長する、ケーキとコウくん。二人は再会することができるのでしょうか?
子育てを支える1冊に― あるお母さんの『まいごのどんぐり』
『まいごのどんぐり』は、子どもたちが息をつめるようにして入り込む絵本ですが、大人にはグッとくるものがあります。
たとえば、あるお母さん。この絵本は結婚前からずっと好きな、手放せない一冊でした。けれども、子どもを産んで、「ああ、自分はケーキだ」と思ったそうです。
どんぐりから木へと変化するケーキのように、ある日、親になったこと。「おはよう」「おかえり」と話しかけているうちに、子どもがぐんぐん成長すること。ずっと一緒にいられないことに「ちょっとだけ なみだが でました」という体験。― 私は、ケーキだ。
でも、もしそうであれば、空はいつだって子どもとつながっているし、結びつきは消えないのです。ケーキが落とすたくさんのどんぐりたちには、力強さも感じます。
だからこそ、そのお母さんは「ケーキのように、子どもを見守ろう」と思ったのかもしれません。今はこの絵本は、そのお母さんの子育てを支えてくれる絵本となりました。
ちなみに、この絵本は、色がとびきり美しいのです。
コウくんがケーキを見つけられずに泣きながらおうちに帰るシーンの、夕日の赤。土から芽を出したケーキとランドセルのコウくんを包みこむような、春の野原の黄色や緑やピンク。立派な木なのに、まるでケーキの心そのもののような、やさしい茶色と緑色。
繊細で、澄んでいて、優しい絵本だからこそ、子どもも大人も、自分の心をそっと添わせることができるのかもしれません。
にこっとポイント
- どんぐりと男の子の結びつきが繊細に描かれた、やさしくあたたかい気持ちになる絵本です。
- 植物と人、友だち、親子など、読み手の状況によって、いろいろな関係について思いが広がっていくでしょう。時間をあけて読むと、新しい発見があるかもしれません。
(にこっと絵本 高橋真生)