こちらの絵本、『わたしは地下鉄です』の舞台は韓国。

『わたしは地下鉄です』キム・ヒョウン文・絵、万木森玲訳、岩崎書店、2023 amazon
表紙を開くと、まだ静かな朝の漢江(ハンガン)が画面いっぱいに広がっています。
そこへ続くのは、地下鉄である「わたし」のことばです。
わたしは きょうも 走ります
ここから、タイトルが出るまで数ページ。地下鉄の旅の始まりは、まるで映画のようで、胸が高鳴ります。
さて、地下鉄は、線路の上から、多くの人や物事を見つめています。
かわいい娘から離れがたくて、仕事に行くときも帰るときも、猛ダッシュのワンジュさん。
怖がりで泣き虫だったのに、いつの間にかお母さんになっていたユソン。
決まった行き先がなく、自分はいったい何なのだろうと、いつも考えているドヨン。
また、地下鉄は、駅に着くときは、体を力いっぱい揺らします。それは、寝ている人を起こしてあげるため。
「ほんとうに 久しぶりに」ナユンに会えたときは、うれしくて体を揺らしてみたけれど、受験勉強でくたびれたナユンの頭は、重いかばんのように、だらんとたれたまま。
地下鉄は、そんな「疲れはてた心」ものせて走ります。
ゴトン ゴトン ゴトン
地下鉄の穏やかな性質を感じさせる丁寧なことば遣いに、優しい目線。
余白が多く、スッキリした空気の中に、あたたかさと愛らしさの漂う絵。
私は、混雑していない電車に揺られるのはとても好き(そしてすごく眠たくなる)のですが、この絵本を読んでいると、本当に、電車に乗っているような心地になります。
トンゴトン トンゴトン トンゴトン
最初はモノトーンだったり、少し透明に描かれていたりした人たちも、地下鉄に導かれて、私たちがひとたびその物語を知れば、色つきのいきいきとした「ある一人」に変わります。
知るって、気づくって大事だな。見落として、なかったことになっているものが、私にはきっとたくさんあるのかもしれません。
でも、なにより、一番に感じるのは、あたたかさやうれしさです。
自分もまたこうして、地下鉄や、それ以外のいろいろなものに、きっと見守ってもらっているのでしょうね。
そのうれしさは、絵本を閉じる直前に再び現れる漢江の、夕暮れの光のように、やわらかく、きれいな色をしています。
にこっとポイント
- 地下鉄の視点で、電車に乗る人たちの物語を知る、読むとほっとするような絵本です。
- この地下鉄は、ソウル地下鉄2号線。漢江は、流域面積が韓国で一番大きな川。両方とも、韓国ドラマではおなじみです。ソウルへの旅行を計画中の方、韓国ドラマが好きな方へのプレゼントにもおすすめです。
(にこっと絵本 高橋真生)