うまれたくなかったから うまれなかった 子どもがいた
こちらは、『うまれてきた子ども』の冒頭の一文。
『うまれてきた子ども』佐野洋子作・絵、ポプラ社、1990年 amazon
初めてこの絵本を読んだとき、「生まれるかどうか選べちゃうのね……」と軽く衝撃を受けたことを覚えています。
そんな私の戸惑いなどもちろんおかまいなく、うまれなかった子どもは、いつも好きなように、あちこちをうろうろ。宇宙を歩き回って星にぶつかったり、ライオンにほえられたり、蚊に刺されたり。
自由な反面、いいことばかりでもないのですが、それでも「うまれてないんだから かんけいない」とやり過ごします。
けれど、ある場面を目撃したのをきっかけに、うまれなかった子どもは、とうとう生まれることを決めたのでした。
インパクトのある、鮮烈なのにユーモアのある絵
この絵本の作者は、『100万回生きたねこ』や『おじさんのかさ』でおなじみの佐野洋子さん。『うまれてきた子ども』のペン画にはスピード感があり、うまれなかった子どもが自由自在に動き回っている様子がいきいきと伝わってきます。
見どころは、うまれなかった子どもが生まれ「おかあさーん」と声をあげる場面。それまで宙に浮いていた子どもの足は初めてしっかりと地面につき、その身体に、勢いやエネルギーを持つようになるのです。とても鮮やかな、誕生の瞬間です。
背景には、天体・動物・植物・虫・魚、おなかに赤ちゃんのいる妻と夫や老人、警察に泥棒など、様々なものが描き込まれているだけでなく、ちょっとしたいたずらもしかけられています。生きていればいろいろなものに出会うのだと、教えてくれるかのようですね。
苦手かな、と思ったら、声に出してみてほしい
とはいえ『うまれてきた子ども』の絵は、「かわいい」タイプではないので、大人の方にも「冷たそう」「とっつきにくい」と思われがち。
私は、そう感じた方には、声に出して読むことをおすすめしています。
冷たく響いていた「かんけいない」ということばのくり返しは、子どもがちょっといばって使う「関係ない!」に聞こえ、うまれなかった子どもの無表情も、背伸びして大人ぶっているように見えてくる気がします。
身近なあの子やこの子を思い出して、心の受け入れ態勢が整うこともあるようですよ。
生まれていることは、くたびれるけど、うれしい。
この絵本を一緒に読んだ子の中には「生まれていないのにその姿が見える」ということが、ピンとこない子もいました。それでも、柔らかくていいにおいのするお母さんに身をゆだねる幸せや、バンソウコウを貼る特別感に、キラキラと目を光らせ、なんともいい顔を見せてくれます。
また大人も、食べること、風を感じること、笑うことなど、生まれているからこそ何かを感じるという喜びに改めて気付かされます。
子どもはこうも言います。
うまれているの くたびれるんだ
そうだなあと、私も思います。うれしいけれど、くたびれる。特に今、自分の意思とは関係なく大きな渦にのまれるような混乱には、本当にくたびれますね。でも、そんな中にも、小さな喜びの種はあって、やっぱり、くたびれるけれどうれしい、と思うのです。
だからこそ、読みたい。『うまれてきた子ども』は、「生まれているのってうれしいね」― 子どもにも大人にも、そんな風に語りかけてくれる絵本なのです。
にこっとポイント
- つらい気持ちのときにも、生きていることの喜びを思い出させてくれる絵本です。
- 「子ども」の心の動きや行動が、実際の小さな子にとても近いので、幼児や子育て中の方にも喜ばれます。
(にこっと絵本 高橋真生)