おぼんには、せっしょうはせんもんや。
『きつねのぼんおどり』山下明生文、宇野亜喜良画、解放出版社、2000 amazon
じいちゃんのいなかに来た「ぼく」。釣りをしていたところ、激しい夕立をきっかけに、禁じられていた森へ足を踏み入れます。
そこで、夢か現か、妖しくも幻想的な盆踊りに迷い込むのでした。
「おどれば たちまち ともだちや」音に誘われ、同じ輪で踊る
「よーいとせー ぴょんとせー」― 笛を吹く人、三味線をひく人、唄を唄う人。やぐらを囲んで踊る人々。ぼくが迷い込んだのは、なんとも妖しく幻想的な盆踊りでした。
花嫁行列、お化けの行列、魚の行列。籠をかぶった虚無僧も、巡礼姿の女の子も、拍子をとりながら踊っているのです。そして、「おどれば たちまち ともだちや」そんな言葉に誘われ、ぼくも踊りの輪の中に入っていきます。
「今夜は、仮装大会やさかい」ということですが、影が人になったり狐になったり。
この場面のページをめくるうちに、なんだか自分も妖の世界との境界線にやってきてしまったような不確かさや、自分の中にある盆踊りの情景への懐かしさなど、さまざまな感覚がないまぜになるかのような不思議な心持ちになります。
この絵本は、いろいろな形で語り継がれている信太のきつねの伝説を、山下明生さんが絵本向きにアレンジしたものです。そして、信太が、さまざまな者たちが入り混じった妖しい盆踊りに迷い込む様子を、美しく幻想的に宇野亜喜良さんが描き出しています。
山下さんは、ご自身が育った瀬戸内海で盛んだった盆踊りの思い出を胸に、この絵本を作ることを始めたそうです(作者あとがきより)。
日本各地のさまざまな盆踊りを取材した上で、日本の庶民文化の奥深い魅力をこの絵本に込めているのです。踊りとは、神へ捧げる神聖なものであったという歴史もあります。
死者の魂たちを迎え、また送り出すと言われている夏のお盆。「よーいとせー ぴょんとせー」と、人も妖も入り交じりながら、同じ輪をぐるぐると巡り踊る盆踊りは、異世界への入り口かもしれませんね。
そんな不思議で妖しい情景をたっぷりと味わえる、夏にしっとりと味わいたい1冊です。
にこっとポイント
- この絵本は、いろいろな形で語り継がれている信太のきつねの伝説を、山下明生さんが絵本向きにアレンジしたものです。
- 日本の盆踊りにまつわるお話を、大人はどこか郷愁の念を持ってしっとりと味わうことができます。日本各地の地域社会の庶民文化を象徴する盆踊りが、妖しく美しく描かれています。
(にこっと絵本 Haru)