『おとなしいきょうりゅうとうるさいちょう』ミヒャエル・エンデ文、マンフレット・シュリューター絵、ヴィルフリート・ヒラー音楽、ことうえみこ訳、ほるぷ出版、1987 amazon
昔々、不気味な石の塔にりゅうが住んでいました。
とげだらけのおこりんぼのりゅうは、ある日、ふと読んだ本で、自分が「おとなしいりゅう」と呼ばれていることを知るのです。
猛々しくて、元気そのものだったりゅうは、「おれはおとなしくなんかない!」と暴れて、泣いて、そして病気になってしまいました。
一方、優しい心の持ち主で、繊細でしとやかなちょうも、「うるさいちょう」と自分が呼ばれていることを知って、絶望して世捨て人として暮らすことに。
さて、名前のせいで運命が狂ってしまった2匹は、どうなるのでしょう。
「序曲」「かなしげなおとなしいりゅう」「うるさいちょうのワルツ」「ガラガラへびのタンゴ」「フィナーレ」と、楽譜も交えて進んでいくこのお話、まるで一つの演劇を観ているようです。
ラベリングしてしまうことの、怖さ
作者は、『はてしない物語』『モモ』で知られるミヒャエル・エンデですが、エンデ自身も、「エンデ(終わり)」という名前に悩まされた人生だったようです(あとがきより)。
会話のきっかけにはなるものの、名前を揶揄して冗談にされたり、名前によって偏った印象をもたれたりするような経験が、日々彼を悩ませていたことは容易に想像できます。
もしかしたら、わたしたちも、誰かに対して言ってしまっていることがあるかもしれません。
「あなたって◯◯だよね」「この子って◯◯だから」
こうラベリングされることで、いい意味でも悪い意味でも、そのラベルに引っ張られてしまう― 本当はそうじゃなくてもそうなっていってしまう場合もある―ということがあります。
このお話では、「おとなしいりゅう」と「うるさいちょう」がそうでした。自分のアイデンティティに誇りを持っていた彼らは、どこの誰ともしれない誰かに名付けられた名前に苦しめられるのです。
わたしにとって、「おれはおとなしくなんかない!」と暴れて泣くりゅう姿は、まるで勝手に決めつけられて可能性を否定されてしまう子どもを見ているようで、胸が締めつけられるようでした。
美しく幻想的な寓話の中に、痛切なメッセージが込められているように感じる、『おとなしいきょうりゅうとうるさいちょう』。音楽も合わせてゆったりと心に染み込ませたい絵本です。
にこっとポイント
- 名前でカテゴライズすることについて、考えさせられます。まずはその人、その物事の本質を見つめ尊重する大切さを教えてくれます。
- 原作のドイツ語によることば遊びが主題となっており、文章が韻を踏んでいる原文を訳すのは大変難しかったそうです(あとがきより)。
(にこっと絵本 Haru)