花粉症のつらさを除くと、お散歩したくなる良い季節となりました。今回ご紹介するのはこちら、『ぶたぶたくんのおかいもの』です。
『ぶたぶたくんのおかいもの』土方久功さく・え、福音館書店、1985 amazon
忙しいお母さんの代わりに、一人でお買いものに行くことになった「ぶたぶたくん」。
パン屋さんと八百屋さんに行ったら、帰りに、お菓子屋さんでぶたぶたくんの好きなキャラメルを買います。
リボンでおしゃれして、かごを持って、さあ出発! 「ぼくだって ひとりで いけるのさ」
途中でお友だちのかあこちゃんやこぐまくんに会って、楽しいお買いものになりました。
…… と、こんなふうにあらすじだけお話しすると、なごやかな雰囲気の絵本をイメージされるかもしれません。
確かにかわいらしく、その上、ぶたぶたくんの初めてのおつかいのちょっとしたドキドキや不安も一緒に味わえる絵本ではあります。
にもかかわらず、読後感は、「ほっ」だけではないような気がするのです。ここからは、この絵本の謎に注目してみましょう。
シュール! 不穏!? 心を掴まれる「なごやか」以上の謎めく世界
まず、もう一度表紙をよくご覧くださいね。
タイトルの絶妙な脱力感に、かごの中のお面(実はパンです)…… 決して「かわいい」だけではありませんよね?
ぶたぶたくんが立ち寄るお店の人たちも、なんだか不思議。正体不明だったり、すごく早口だったり、逆にゆっくりだったりします。
パン屋のおじさんは、見れば見るほど謎が深まる風貌で、顔つきのパンも、かなり怪しげ。私は子どものころは、「このパン生きてる!」と思っていました。
風景にもどこか突飛なところがあって、かわいらしいお花、お池、森の向こうに山、と明るく外国のようでもあるのに、どどーんと富士山も現れます。ちょうどパン屋さんの裏手に見えますね。
特に本文とは関係なくヘリコプターが出てくるので、ある子は「このヘリ、自衛隊かな……」とつぶやいていました(陸上自衛隊の駐屯地を思い出したようです。急に不穏!)。
そして、びっくりなことに、そもそもぶたぶたくんは、「ぶたぶた」が本当の名前ではないのです。なんとお母さんまで、自分でつけてあげた名前を忘れてしまったんですって!
どこから突っ込んだらいいものか…… という感じですが、まだまだ気になるポイントは盛りだくさん。子どもたちも、あちらこちらで突っ込んだり大笑いしたりしてくれますよ。
個人的には、ぶたぶたくんとかあこちゃん、こぐまくんが別れるときの「ばあい」というあいさつに、なんとも言えない笑いがこみ上げてきます。子どものときは、全く気にならなかったのですが、大人になってみると、3人のおしゃまな感じがかわいらしく映るのかもしれません。
ロングセラーの秘密は、不思議を支える誠実さ
さて、ここまで見てきたように『ぶたぶたくんのおかいもの』は、一見かわいらしいのに、シュールで、個性的、濃厚な絵本であることは間違いないでしょう。
そして私はそのさらに奥底に、愛情とあたたかさを感じます。
声に出して読むと本当に心地よい文章、皆を虜にする「ぶたぶたくんのあるいたみち」という地図、文字や絵のていねいさ。
こういったものがあるからこそ、安心してぶたぶたくんの摩訶不思議な世界に飛び込んでいけるのだと思います。
作者の土方久功(ひじかたひさかつ)さんは彫刻家で、パラオなど南洋を研究した方でもあるのですが(顔つきパンの「顔」の雰囲気はこのあたりの影響でしょうか)、絵本を満たすその誠実さに、つい、お会いしてみたかったと思わずにはいられません。
50年近以上愛され続けている、ロングセラーです。
にこっとポイント
- ぶたぶたくんが、初めてのおつかいに挑戦するお話です。なごやかなストーリーと、どこかシュールな世界のギャップがとても楽しいロングセラーです。
- 笑いあり、突っ込みあり、老若男女問わず人気の絵本です。
- 声に出して読むと、とても気持ちのよい文章ですが、大勢への読み聞かせよりも、絵がよく見える距離で読む方が、絵本の魅力が伝わると思います。インパクトのあるイラストや地図を、じっくりご堪能くださいね!
(にこっと絵本 高橋真生)