うぐいすの声に誘われて、山の奥に迷い込んでしまった貧しい若者。日が暮れても帰ることができず、明かりを頼りにたどり着いた大きな屋敷に助けを求めます。
中から出てきた美しいあねさまは、ごちそうを並べてもてなしてくれました。
『みるなのくら』おざわとしお再話、赤羽末吉画、福音館書店、1989 amazon
次の日、あねさまは若者に留守番を頼みます。そして言うのでした。屋敷には十二のくらがある。一のくらから十一のくらまではのぞいてもかまわない。けれど―。
さいごの 十二のくらだけは けっして みないでくださいね
『みるなのくら』は「みるなのざしき」「うぐいすのさと」など、さまざまなバリエーションのある昔話を元にした絵本です。
くらの戸の向こうに広がる、美しい別世界
若者は、くらの戸を一つ一つ開けていきます。一のくらの中には、なんとお正月の風景が広がっていました。二のくらは節分の豆まき。三のくらは、桃の節句……。
くらの戸の向こうにあるのは別世界― 四季折々の日本の風景なのでした。
透明感のある絵は繊細で優美。くらの戸と若者の黒い影はフレームのようになって空間の広さを感じさせるだけでなく、「のぞいている」感じも強くなり、より別世界の不思議さが際立つようです。
さらに人々は動いていて、風も感じられるのに、絵からは音を感じません。お祭りの場面であってもどこか静かなのです。
大人はもちろん、ごく小さな子でも「わあ、きれいだねえ」とため息を漏らす夢幻の美しさは、まるで絵巻物のようです。絵本の世界の中にある、さらなる別世界に吸い込まれてしまいます。
見てはいけない「十二のくら」で思うこと
「見てはいけない」と言われたものを見てしまうのは、昔話のパターンの一つです。「つるのおんがえし」もよく知られていますね。
この若者も、我慢できずに十二のくらの戸も開けてしまいました。
けれども、「なかは がらんどう」。巣のまわりを飛んでいたうぐいすは、若者を振り返り「あなたは とうとう、みてしまったんですね」と言い、飛び去ります。
さて、文章にはありませんが、巣の中には卵が一つ、描かれています。
男は本当はホトトギスなんだ。托卵だ!
という幼稚園児がいれば、
あねさま、絶対若者のこと好きだったよね。これは恋だね。
という小学生もいて、さまざまな読みもまた、心に響き、おもしろく感じます。
幼児から読めますが、小学生や高齢者向けのおはなし会でも人気のわけが、わかりますね。
「いきが ぽーんと さけた」とは?
『みるなのくら』は、「いきが ぽーんと さけた」で終わります。
時おりご質問いただくことがありますが、「いきが ポーンと さけた」は昔話の結びのことばの一つです。地方によってさまざまな結句があるのですが、「どんとはらい」「とっぴんぱらりのぷう」などは聞いたことのある方も多いかもしれません。
これらのことばについては、「子どもをお話の世界から現実へ戻す意味がある」とよく言われます。昔話を語る人が、「さあ、こっちへ帰っておいで」と聞き手へ呼びかけるような、やさしいことばですね。
たまに、「いきがさけた」→ 「胸がさけた」→ 「死んでしまった」と勘違いしてショックを受けてしまうお子さんもいるので、気を付けてあげてください。
にこっとポイント
- うぐいすのお話ですが、四季折々の絵が美しく、春だけでなく一年を通して読みたくなる昔話絵本です。
- 幼児から高齢者まで幅広い世代に喜ばれます。
- 海外に赴任されるご家族や、海外の方へのお土産としてもおすすめです。
(にこっと絵本 高橋真生)