走る車の窓から投げ捨てられ、さまよい続けた犬の物語。
『アンジュール ある犬の物語』ガブリエル・バンサン作、ブックローン出版、1986年 amazon
ある車が、走りながら窓から犬を投げ捨てます。犬は、走り去る車を必死に追いますが、車は二度と戻ることはありませんでした。途方に暮れ、歩き出す犬。何もない野から浜辺へ、町へ、さまよい続けます。やがて、犬の前にはひとりぼっちの子どもの姿― 犬が辿りついたのは、どんな結末だったのでしょうか。
まるで無音映画のように、大きく心を揺さぶる画面
この絵本は、文字なし絵本です。鉛筆による白黒のデッサンは味気ないように見えても、その表現力は計り知れないほど。「行かないで行かないで!」と車を追いかける姿、ただ1匹広い野の中に佇む姿、空へ咆哮する姿― ことばがないからこそダイレクトに心に響き、読む人の心の中の悲哀や孤独といった様々なものを掻き立て、胸を締め付けるように心を揺さぶってくるのです。
息をするのも忘れてしまいそうなほど『アンジュール』に没頭する
皆さんは、息をするのも忘れて物事に没頭する、そんな経験はあるでしょうか。私にとって、この絵本を読んでいるときがまさにそうでした。
『アンジュール』には、風景などは細かく描きこまれていません。描かれているのは、犬を取り巻く世界の全て― たとえば犬の先に延びる道、遠くに見える小さな影、町の暗い一角など。それ以外は、遠景からぽつんと鉛筆でうった点だけの姿や、こちらを振り向き何かを訴えかけるような姿など、ひたすら犬の姿を追っています。まさに、様々なカットから犬の足取りを追う1編の映画を見ているようです。
私が絵本をめくっていた時間は、5分ほど。でも、長い長い旅をした後のような、心地よい心の疲労感がありました。
毎日忙しい日々を送っている方々に、犬とともに心の旅を歩んでみてほしいな、とこの絵本をおすすめします。そして、あなたの本当の「旅」もどうかよいものでありますように。
にこっとポイント
- 絵を活かした文字なし絵本だからこそ、犬の物語に深く入り込むことができます。
- 映画を観るように、犬とともに旅をして、自分の心を癒す時間をとってみてください。
(にこっと絵本 Haru)