『あひる』は、作者である石川えりこさんの子ども時代を絵本化したものです。
家の裏に畑があり、育てた野菜を食卓に並べ、その野菜のくずは鶏のえさになる。鶏が毎日うんでくれる卵をいただき、年をとったら順番にしめて、時々のおかずや特別のご馳走にする― 作者の子ども時代は、それが日常でした。
自分がおいしくいただいているお肉は、どこからくるのか。どんな姿をしていたのか。命をいただくというその痛みとありがたさを、この絵本は感じさせてくれます。
『あひる』石川えりこ作、精興社、2015 amazon
絵本の主人公である「わたし」の仕事は、朝起きたら、庭にある鶏小屋に産みたてほやほやの卵をとりにいくこと。
ある日、その小屋に、体の弱ったあひるがやってきました。わたしと弟は、あひるに夢中になります。あひるの眠る様子をじっと見つめたり、次の日には学校から急いで帰って川で泳がせたり。あひるも少し元気になったようでした。
さらに次の日、先を争うように弟と帰ってきたわたしは、「あひるがおらん」と気がつくのでした。
夕ごはんの支度をしているお母さんのところに駆けつけると、台所はお醤油と砂糖の混じったいい匂いでいっぱいで……。
「あひるじゃなければよかったのにな……」 胸のうずきを抱えて、命に向き合う
昔の子どもたちは、生活の中で否応なしに命に向き合っていたはずです。
しかし、その経験を得る機会が圧倒的に少なくなった現代のわたしたちに、この作品は、命をどういただいたらよいかを真正面から問いかけてきます。
突然いなくなったあひる。お母さん、おばあちゃんの作るおいしい煮物の、けれどもいつも食べているお肉とは違う、少しかたい肉。
食後、「あれ、あひるじゃないよね」と尋ねる弟に、お母さんは「ちがうよ」と弟の顔を見ながら優しく答えます。でも、「わたし」は気づいています。おばあちゃんの受け答え、表情にもご注目ください。
優しい嘘をつくか、真実を話すか、本当のことを告げず見守るか― 皆さんだったらどう子どもたちに答えるでしょうか。そして、子どもたちはどう受け止めるでしょうか。
じっくりと自分に問いかけたくなる1冊です。
にこっとポイント
- 食と命の関係を見つめ直す機会をくれる絵本です。
- 作者は、命のやりとりを身近に感じ、まさにその命を糧に大きくなってきた、と話します。お子さんとじっくり話してみるきっかけになるはずです。
(にこっと絵本 Haru)